2014年4月28日月曜日

TeXはテック


TeXは、コンピュータサイエンティストであるDonald E. Knuthが自著である"The Art of Computer Programming"執筆時に、当時始まったばかりだった写植システムの組版の汚さに腹を立てて、自らの本のために作り上げたコンピュータ上で動作する組版システムだ。アスキーでは、このTeXを日本語に対応させたアスキー日本語TeXと呼ばれるものを作って公開している。今でも多くのユーザーがアスキー日本語TeXを利用しているし、社内においてもEWBという独自のDTPシステムの組版エンジンとして活用している。



ということなのだが、ここで書いておきたいのはTeXの中身の話ではなく、発音(読み方)の話だ。日本人には、TeXを「テフ」と発音する人が少なからずいる。日本語のWikipediaにもまことしやかに「発音は、「テックス」ではなくギリシャ語読みの [tex](「テフ」)が正しい」などと書かれている。しかしだ、TeXの発音は「テック」だ。「テフ」じゃない。



TeXを「テフ」と発音する人たちの根拠になっているのが、Knuthの著書であり、翻訳書をアスキーが出版した「TeXブック
」の第1章冒頭にあるTeXの発音に関するくだりだ。そこにはたしかに「TeXを知っている人は、TeXのXをxとは発音せず、ギリシャ語のchiのように発音する」と書かれている。ここから、上記のWikipediaの記述のような、「テフ」が正しいという説が出てきたわけだ。しかし、これを最初に言い出したのはいったいだれなんだろう?

アスキーが「TeXブック」の初版を刊行したのが1989年10月21日、改訂版を出したのが1992年8月1日、私がアスキーに入社したのが1992年8月末なので、私自身は「TeXブック」の編集・出版にはまったく関わっていない。ただし、「TeXブック」はちゃんと読んでいたし、発音に関するくだりは気になっていた。特に、アスキー社内のほとんどの人間が「テック」と発音しているのに、なぜか学生など、外の人間が「テフ」と発音するのが不思議でしょうがなかった。あるとき、アスキー社内の飲み会の席で、「どうして外の人達はTeXをテフと発音するんでしょうね?」と聞いてみたところ、先輩編集者が「あれは俺達が悪いんだよ。ちゃんとテックって書いておかなかったからさぁ、しょうがねぇよなぁ」と言って大笑いするのを私は聞いた。少なくともアスキーの人間は、TeXが「テック」だと認識していたわけだ。



さて、1993年の春頃だったと思うが、当時担当していたKnuthの著書「文芸的プログラミング
」("Literate Programming
")の組版指定についてKnuth自身に質問をするため、スタンフォード大学にKnuthを訪ねたことがある。今となっては贅沢きわまりない話だけど、当時のアスキーはこういうことをやらせてくれた。このときの会見は1時間程度のものだったが、Knuthはとても丁寧に私の質問に答えてくれて、編集方針を固めることができた。しかし、私が一番気になっていたのは実は質問の答えではなく、KnuthがTeXをどう発音するかだった。「テック」と言うのか、「テッハ」と言うのか、「テフ」と言うのか、耳をダンボにして必死で聞いていたのだが、なんのことはない、ごく普通に「テック」と発音していて、拍子抜けした。



ここまで、「アスキーがちゃんとテックと発音することを明記しなかったおかげで、テフなんて発音が流布しちゃって困ったね」という話をしてきたわけだけど、2007年7月4日にアスキーから刊行したEric S. Raymondの「The Art of UNIX Programming
」を編集していた際、驚くべき記述に遭遇した。Eric曰く「TeX(テフと発音する。フはうがいをするときのようにガラガラ声でいう)」!!! びっくりして、声も出ない。これには、まいった。海外でもTeXをどう発音するかというのは大きな問題で、Knuthに寄せられる質問でもTeXの発音に関するものがすごく多いという話も聞いている。しかし、Eric S. Raymondだったら、Knuthの発音を聞いたことがあるはずだと思うのだけど、どうなっているのだろう? 英語の発音を日本語で論じること自体、馬鹿げた話なのかもしれないが、ほんとうに悩んだ。悩んで悩んで悩みぬいた末に、下記のような脚注をつけた。



編集部注:著者のRaymondは、TeXを/teH/のように発音すると述べているが、実際の発音はテックである。テフではない。Knuthは明瞭にテックと発音している。


これが正しかったのかどうか、今でも疑問を感じる。どうすればよかったのだろう?



最後にKnuthが2010年にTeX Users Groupで行ったスピーチの動画を貼っておく。ちゃんと「テック」と発音しているのが、わかるはずだ。でも、この動画の後半で「イーテック(チリンチリン)」とやっているのを見ると、TeXの発音に関する話はKnuthのジョークだったんじゃないかと思えてくる。みんなKnuthにからかわれているだけなんじゃないだろうか?





2014年4月24日木曜日

はじめてUNIXで仕事をする人が読む本

がんばって3月に出した本をもう1冊ご紹介。


UNIX業界では昔から有名な株式会社創夢の木本さん、松山さん、稲島さんが執筆してくれた
はじめてUNIXで仕事をする人が読む本
というUNIXの入門書です。

創夢が新入社員教育用に作っていた社内研修用テキストをベースに大幅な加筆・修正を加えて完成させた、UNIX関連の仕事に携わる技術者が必要とする知識を網羅的に紹介した教科書的な入門書になっています。グラフィックユーザーインターフェイス全盛の時代に、敢えてコマンドラインインターフェイス中心の解説をしていたり、トラブルが生じて通常ならば使えるコマンドが使えなくなったときにシェルのコマンドだけで解決する方法を紹介するなど、実践的というかマニアックというか、薄い本の割に内容は濃いです。さすが創夢、といったところでしょうか。



当然この本はUNIXの初心者向けなわけですが、ブログやら何やらで本書を取り上げてくれている読者の多くがベテランのUNIX技術者の皆さんのようです。あなたはこの本に書いてあることくらい全部知っているでしょう、というような人が軒並み買って読んでいる、なぜ? 「うん、なかなかよくまとまっていて、いいんじゃない」的な意見ばかりが寄せられるというのは、なかなかに複雑な心境です。



これからUNIXで仕事をしようとしている新人のあなた、Windowsしか触ったことがないけど技術者の教養としてUNIXを学んでおきたいと思っているあなた、あなた方こそがこの本の読者対象ですよ! Linuxは使ったことがあるけど、そんなに詳しいわけじゃないというあなた、本書を読めば自分に欠けている知識が何かわかりますよ!

ということで、初心者の皆さん、ぜひ手にとって見てみてください。





Kindle版もあります。




2014年4月22日火曜日

入門 コンピュータ科学


昨年の11月からやたらに忙しいと書いたけど、では何を忙しくやっているかというと、もちろん本を作っているわけです。編集者ですからね。

せっかくブログを再開したことだし、自分が作った本を少しずつ紹介していきます。


最初に紹介するのは「入門 コンピュータ科学 ITを支える技術と理論の基礎知識」!

アスキーには私が入社したばかりの頃に出版した(もう20年も前の話だ)「やさしいコンピュータ科学」というコンピュータ科学の教科書があるのだけど、この本は名著ではあるものの名前に反して決してやさしくはなかったんですね。「やさしくないコンピュータ科学」とか揶揄されることもありましたし。いろいろな人から本当の初心者向けのコンピュータ科学の入門書を出してほしいと十数年間言われ続けて、ようやく出すことができました。

古くからお付き合いいただいている神林靖先生が推薦・翻訳してくれた本で、アメリカの大学におけるコンピュータ科学の定番教科書です。内容は、2進数、コンピュータアーキテクチャと論理回路から始まって、コンピュータに関係する技術基盤をひと通りすべて網羅したものになっています。教科書だけあって練習問題も多く、これらをきちんと解いていけばかなり実力がつくと思います(私も答えの出せる問題はすべて解きました)。通常の練習問題以外に社会的な問題も掲載されていて、IT企業や技術者の社会的責任なども考えさせられるようになっているので、授業や職場で討論のネタにするのもいいでしょう。


年末年始の休みには、この本のゲラを抱えて帰省し、家族をほったらかしにして校正を続けていました。紅白歌合戦を見ている家族の横で、ゲラに赤入れをしていたのはいい思い出です(いいのか?笑)。

これからコンピュータ科学を学ぶ学生にお勧めするのはもちろんですが、大学でコンピュータ科学を専攻しなかったプログラマやシステムエンジニアの方にも自習書として強くお勧めしておきます。





2014年4月21日月曜日

TURN IT UP! A CELEBRATION OF THE ELECTRIC GUITAR


この週末は会社のビルが全館停電だったので、久しぶりに家で過ごした。山積みになっている仕事のことは全部忘れてのんびり。

本棚を眺めていたら、半年以上も前に購入したまま放置していたDVDが目に入ったので引っ張り出してきて見た。ようやく!



TURN IT UP! A CELEBRATION OF THE ELECTRIC GUITAR というやつだけど、内容を説明するのが難しい。ギター好きがギターについて語る映画というか、ケヴィン・ベーコンが司会になって、エレキギターの歴史を追いながらエレキギターとギタリストを紹介していくドキュメンタリー風の映画だ。

ただし、歴史といっても、取り上げられるのはFenderとGibsonくらいで、ほかのメーカーのギターは映像では出てくるもののほとんど説明されないし、有名ギタリスト総出演というわけでもない。ギターを作る側の人間としては、ピックアップメーカーのセイモア・ダンカンくらいしか出てこない。

でも、アルバート・リーとかジェフ・バグスター、B.B.キング、スティーブ・ハウ、それにレス・ポールも出てきてインタビューに答えているし、KISSのポール・スタンレーがさりげなく素顔で出てきたり、スティーブ・ルカサーが息子と一緒に演奏していたり、Heartのナンシー・ウィルソンが出ているとか、セルビア出身のブルースギタリストであるアナ・ポポビッチが出ているとか、マニアックな楽しみは多い。

私みたいな70年代から80年代くらいのロック・ミュージックにはまった世代には、ちょっとぐっとくるものがある。エレキギターが好きでいじっているなら見ておいて損はないかな。



YouTubeにオフィシャル・トレイラーがあったので貼っておこう。




ブログ再開

2009年の12月を最後にまったく書かなくなっていたブログを再開します。


以前はレンタルサーバにPloneを入れてCOREBlogを使っていたのだけど、再開するにあたってMovableTypeに乗り換えました。
なんでMovableTypeかと聞かれると返答に困ってしまうのだけど、まぁ老舗だし、WordPressはPHPだしなぁ、とか、あまり積極的な理由ではないです。


昨年11月くらいからこれまでの人生で経験したことがないほど忙しい日々を送っているので、ブログが続くかどうかまったく自信がありませんが、とにかく再開ということで、よろしくお願い致します。