2016年12月26日月曜日

"ひとり出版社"という働き方

『"ひとり出版社"という働き方』という本を読んだので、少しばかり感想を。

今から30年ほど昔、私が駆け出しの編集者だった頃、当時勤めていた編集プロダクションの先輩から「渡り歩いた出版社の数が一桁のうちは半人前」とよく言われた。当時は今のように転職が一般的ではなく、会社を変わるというのはよほどのことがなければ行わないのが普通だった。しかしどういうわけか編集者だけは、当たり前のようにコロコロ会社を変わっていた。若造だった私にはこれが不思議でならず、先輩編集者になぜそんなに会社を変わるのかと訪ねたことがある。その際、先輩編集者からこんな話を聞かされた。

「いいかい嘉平くん、編集者は自分が作りたい本を作るために会社に勤めているんだよ。自分が作りたい本が作れなくなったら、そんな会社に要はないんだ。だから、そうなったら自分が作りたい本が作れる会社を探して移るんだよ。そうやって、編集者は会社を渡っていくのさ。そうしているうちに、結局人が作った会社に勤めていたんじゃ自分が作りたい本は作れないことに気づくんだな。そうすると、編集者は自分で出版社を作るんだよ。日本の出版社のほとんどは社員が10人もいない零細企業だ。父ちゃん、母ちゃん、爺ちゃんでやっている三ちゃん出版社なんてのも山ほどある。それは、そういう理由だよ。嘉平くんも行き着くところまで行けばわかるさ。」

残念ながら私はまだ行き着く所まで行き着いていないけれども、この先輩編集者の言ったことが今はとてもよく理解できる。
今回読んだ『"ひとり出版社"という働き方』という本には、このように行き着いちゃった編集者が作った出版社と、出版とはまったく無関係に生きてきたのになぜか出版社を作ってしまった人の両方が登場する。どちらにも共通するのは、自分が作りたい本を作るために出版社を立ち上げたという点だ。それぞれに、出版に対する考え方も、やり方も、作る本も、すべてが違っているけれど、自分が作りたい本、信じる本を作って、なんとか会社を維持している。経済的には厳しいけれども、ひとりだからこそなんとかなるという世界がそこにはある。

いつのまにやら年をとり、私もあと4年もすればドワンゴを定年退職することになる。その後、どうやって生きていくべきなのか? 編集者として生きてきた人間にとって、ひとり出版社という生き方はとても魅力的だ。だが、前述の先輩編集者の話にはこんな続きがある。

「そうやって編集者は出版社を作るんだけどさ、だいたいすぐに潰れちゃうんだよ。で、しょうがないからまたどこかの出版社に潜り込むのさ。編集者っていうのは、そうやって生きていくんだよ。」

残念ながら定年後に作ったひとり出版社が潰れてしまったら、もう潜り込む会社はないだろう。我ながらつらい話だなぁ。

2016年12月3日土曜日

フランクフルト・ブックフェア2016

昨年(フランクフルト・ブックフェア2015)に続き今年もフランクフルト・ブックフェアに行ってきたので、簡単にレポートをまとめておきたい(すでに1ヶ月以上たってるけど)。


フランクフルト・ブックフェア会場入口

フランクフルト・ブックフェアは世界最大のブックフェアなわけだが、昨年その規模を大きく縮小して驚かされた。今年はどうなることかと、ちょっとドキドキしながら会場へ向かったが、展示スペース自体は昨年と同規模で特に縮小などはなかった。ただ、来場者数が明らかに減っているように感じた。初日の午前中などは展示会場がガラガラで不安になるくらいだったし、最終日直前の土曜日の午後にはブースを畳んでしまう出展社が目立ち、人もまばらな感じだった。私自身は実際に顔を合わせて商談・情報共有を行う機会は貴重だと思うのだけど、インターネットで連絡が取れるのだから必要ないと考える人や会社が増えているのだろうなぁ。

では、今年もいくつか出版社のブースを紹介していこう。


Wiley

Wileyは老舗の大出版社の1つ。相変わらずブースも大きい。このままがんばってほしい!


O'Reilly

安定のO'Reilly。いつもどおりのブース。


Pearson

Pearsonも昨年同様のブース。老舗だがずいぶんこじんまりとしてしまって寂しい限り。


Google Play

出版社以外にネット企業も出展している。これは、Google Playのブース。


Packt

IT系でもっとも野心的な出版社だと私が感じているPackt。ブースは質素だがやることは派手だ。オンデマンド印刷と電子書籍だけに絞って在庫リスクを一掃し、刊行点数を増やせば増やすだけ売上・利益が増えるという戦略を着々と進めている。数年後には1年に数千タイトルを刊行するつもりだとか!


No Starch

私の大好きなNo Starchのブース。こちらも安定していつもどおり。No Starchの創業社長であるポロックと話をすると幸せな気分になる。彼もITや技術が大好きで、自分が信じる本を作り続けている。彼のほうでもKaheiはわかってくれていると思っているようで、版権代理店の方によると私とのミーティングは他のミーティングに比べてやたらとポロックの話が長くなるのだそうだ。今回も約束の時間をすぎてもポロックの話が終わらず、やむなくもう時間だからといってミーティングを終わらせた。帰りがけにはTシャツとチョコレートまでお土産にくれた。ありがとう、ポロック!


Discover 21

日本の出版社ディスカヴァー・トゥエンティワンがブースを出していた。ちょっとびっくり。この会社は取次を通さず書店と直取引をしていたり、電子書籍にも初期から積極的に取り組んだり、過去には小飼弾さんをアドバイザーにしてフランクフルト・ブックフェアに乗り込んだりと、すごくユニークな出版社だ。ちょっと気になる存在。


MIT Press

マサチューセッツ工科大学(MIT)付属の出版社のブース。残念ながらコンピュータサイエンスの担当者がフランクフルト・ブックフェアに来ないため、ミーティングできず。


Elsevier

学術系出版社の老舗。ブースも大きい。

Taylor & Francis

こちらも学術系の出版社。CRC Pressというレーベルでコンピュータサイエンスの書籍を出している。


Cambridge University Press

ケンブリッジ大学付属の出版社。やはり担当者がこないためミーティングできず。


McGraw-Hill

こちらも老舗の大出版社だが昨年はブースを設けず、今年は一応ブースは出していた。がんばってほしいなぁ。


中国のブース

中国の出版社はどこも大きなブースを出していて勢いを感じる。数も多い。


日本のブース

日本はいつもどおり、こじんまりと。


レイマー広場

今回のフランクフルトは毎日小雨が降っているような状態で、あまり観光らしいことはしなかったが、一応レイマー広場には行ってきた。ただ、あまりにも寒かったのでビールは飲まなかった(笑)。


大聖堂のパイプオルガン

レイマー広場からいつものように歩いて大聖堂に入ったところ、偶然パイプオルガンの演奏が行われていてびっくり。ミサの練習だったのか、演奏者一人でもくもくと演奏していく。2時間近くも生のパイプオルガンの演奏を聞けるなんて、夢のようだった。素晴らしかった。

来年もフランクフルト・ブックフェアにはぜひ参加したいと思っている。これ以上縮小しないことを切に願っている。