『"ひとり出版社"という働き方』という本を読んだので、少しばかり感想を。
今から30年ほど昔、私が駆け出しの編集者だった頃、当時勤めていた編集プロダクションの先輩から「渡り歩いた出版社の数が一桁のうちは半人前」とよく言われた。当時は今のように転職が一般的ではなく、会社を変わるというのはよほどのことがなければ行わないのが普通だった。しかしどういうわけか編集者だけは、当たり前のようにコロコロ会社を変わっていた。若造だった私にはこれが不思議でならず、先輩編集者になぜそんなに会社を変わるのかと訪ねたことがある。その際、先輩編集者からこんな話を聞かされた。
「いいかい嘉平くん、編集者は自分が作りたい本を作るために会社に勤めているんだよ。自分が作りたい本が作れなくなったら、そんな会社に要はないんだ。だから、そうなったら自分が作りたい本が作れる会社を探して移るんだよ。そうやって、編集者は会社を渡っていくのさ。そうしているうちに、結局人が作った会社に勤めていたんじゃ自分が作りたい本は作れないことに気づくんだな。そうすると、編集者は自分で出版社を作るんだよ。日本の出版社のほとんどは社員が10人もいない零細企業だ。父ちゃん、母ちゃん、爺ちゃんでやっている三ちゃん出版社なんてのも山ほどある。それは、そういう理由だよ。嘉平くんも行き着くところまで行けばわかるさ。」
残念ながら私はまだ行き着く所まで行き着いていないけれども、この先輩編集者の言ったことが今はとてもよく理解できる。
今回読んだ『"ひとり出版社"という働き方』という本には、このように行き着いちゃった編集者が作った出版社と、出版とはまったく無関係に生きてきたのになぜか出版社を作ってしまった人の両方が登場する。どちらにも共通するのは、自分が作りたい本を作るために出版社を立ち上げたという点だ。それぞれに、出版に対する考え方も、やり方も、作る本も、すべてが違っているけれど、自分が作りたい本、信じる本を作って、なんとか会社を維持している。経済的には厳しいけれども、ひとりだからこそなんとかなるという世界がそこにはある。
いつのまにやら年をとり、私もあと4年もすればドワンゴを定年退職することになる。その後、どうやって生きていくべきなのか? 編集者として生きてきた人間にとって、ひとり出版社という生き方はとても魅力的だ。だが、前述の先輩編集者の話にはこんな続きがある。
「そうやって編集者は出版社を作るんだけどさ、だいたいすぐに潰れちゃうんだよ。で、しょうがないからまたどこかの出版社に潜り込むのさ。編集者っていうのは、そうやって生きていくんだよ。」
残念ながら定年後に作ったひとり出版社が潰れてしまったら、もう潜り込む会社はないだろう。我ながらつらい話だなぁ。