2015年6月25日木曜日
ブログをBloggerに移動
で、最近サーバのお守りをするのが面倒くさくなったので、既存のブログサービスに移動させることにした。どこにするか、ずいぶん迷ったけれども、結局はGoogleのBloggerに決めた。
データの移行もスムーズにできたし、よかったのだが、一つだけ問題が生じている。
以前のブログでは、エントリのURLが、http://www.kahei.org/blog/2015/06/hogehoge みたいになっていたのだが、これが、http://www.kahei.org/2015/06/hogehoge のように変更されてしまった。hogehogeの部分も、エントリによっては変更されているようだ。
以前リンクを張ってくれたものは、すべてリンク切れになってしまったわけで、申し訳ないのだが、まぁしょうがないか。
※お手数をお掛けして申し訳ないのですが、必要な方はリンクを張り直してください。よろしくお願いいたします。
2015年3月3日火曜日
誕生日のヒットソングを教えてくれるサイト
自分の誕生日のNo.1ヒットソングを教えてくれるサイトがあるというので、やってみた。
http://playback.fm/birthday-song
私の誕生日である1961年1月30日のNo.1ヒットソングは、Will You Love Me Tomorrow by The Shirellesだそうな。
自分の誕生日を検索すると、ヒットソング以外にも生まれた日の曜日と生まれてから現在までの分数を教えてくれる。
私の誕生日は月曜日で、生まれてから28,447,722分たっているそうだ。
誕生日でなくても、1900年〜2014年の好きな日付のヒットソングを教えてくれるので、ちょっと気になる日付を入力して調べてみるのもおもしろい。暇な時などにやってみるといいかも。
2014年8月20日水曜日
魚のテリーヌ?
写真はイメージです(笑)
食品偽装とかそんな話をしていて、ちょっと昔の話を思い出したので。
もう10年以上前の話だが、知人の結婚式に妻と二人で出席したことがある。会場は地方のホテルで、まぁそれなりに高級そうなところ。式も滞り無く終わり、宴席となった。
フランス料理のフルコースというので、正直ちょっぴり期待していた。なにせ、そんな料理にはとんと縁がない人間なので。お品書きというのか、メニューというのか、これから出てくる料理が書かれた紙がテーブルに置かれていて、ますます期待が高まる。
で、その前菜のところに「魚のテリーヌ」というのがあったわけだ。うん。で、出てきた魚のテリーヌなんだが、丸い大きめの白い皿の真ん中に慎ましやかなひとかけらが鎮座していて、皿の周りに野菜がちょっぴり乗っている。まぁ、フランス料理らしい飾り付けで、それはいい。問題は真ん中に鎮座している魚のテリーヌだ。
これ、色といい、艶といい、形といい、どう見てもかまぼこにしか見えない。
不審に思って周りを見渡すと、結婚式に招待された皆さんがナイフとフォークを使って神妙にこの「魚のテリーヌ」を食べている。誰も疑問に思わないのか? これ、かまぼこでしょ! という、頭の上にクエスチョンマークが飛びまくる状態なのだが、誰も騒がず、キョロキョロしているのは私だけだ。隣では、妻が黙ってナイフとフォークでこの「魚のテリーヌ」を食べているし。仕方がないので、自分でもナイフとフォークで食べてみたよ、魚のテリーヌ。
口の中に広がる香りといい、味といい、プリプリとした食感といい、これかまぼこだよ、かまぼこ!
どうして誰も何も言わないの? なんで皆おすまし顔でナイフとフォークでかまぼこ食べてるの? おかしいよ! ついにがまんできなくなって、隣の妻の耳に顔を近づけて、
「これ、かまぼこだよね」
と言ったところ、妻がすごく怖い顔をして、
「そういうことを言うんじゃない!」
と囁いた。怒られてしまったので、仕方なく黙って食べたけど、ありゃあ、かまぼこだよ、かまぼこ! 「魚のテリーヌ」なんて料理じゃないよ、かまぼこ買ってきて、切って皿に盛り付けただけだよ。それともフランス料理には、かまぼこそっくりの味のする「魚のテリーヌ」という料理があるの? 私が知らないだけ? そんなわけないよね。
今だったら、食品偽装で訴えられるんじゃないかと思うんだが。あのホテルの「魚のテリーヌ」、今はどうなっているんだろう?
2014年4月21日月曜日
ブログ再開
以前はレンタルサーバにPloneを入れてCOREBlogを使っていたのだけど、再開するにあたってMovableTypeに乗り換えました。
なんでMovableTypeかと聞かれると返答に困ってしまうのだけど、まぁ老舗だし、WordPressはPHPだしなぁ、とか、あまり積極的な理由ではないです。
昨年11月くらいからこれまでの人生で経験したことがないほど忙しい日々を送っているので、ブログが続くかどうかまったく自信がありませんが、とにかく再開ということで、よろしくお願い致します。
2009年11月30日月曜日
怠けもののアリ
この記事に出ている北海道大学の長谷川英祐さんというのは、私の大学時代の先輩だ。東邦大学理学部生物科の2年先輩で、生物部の部長でもあった。
私も生物部の部員だったので、一緒に遊びにいったり、バイトをしたり、日本蟻類研究会の学会に行ったりしたものだ。ほんとうに懐かしい。
私は大学を卒業してから生物学とはまったく無関係の職についてしまったが、こうやってがんばっている仲間の消息を聞くととても嬉しくなる。
こういう生態学系の生物学、動物行動学とかは、まったく金にならない学問なので、続けるのがほんとうにたいへんだ。当時の私の同級生の中にも、研究を続けているがゆえに未だに定職に就けずにいる人間がいる(奥さんに食べさせてもらっている)。私が生物学と無関係な職についたのも、生態学では食っていけないことがわかっていたからだ。
でも、こういう金にならない学問のほうが金になる学問より重要だと私は思う。
長谷川さん、がんばれ! 役に立たない後輩だけど応援しています!
2009年11月23日月曜日
手術&入院のまとめ
ちょっと時間がとれたので、今回の手術と入院についてまとめておく。
11月4日
この日の12時すぎに病院に入り、入院開始。6人部屋のベッドの脇でパジャマに着替えて待機。
1時間おきくらいに麻酔科の医師やら呼吸器科の医師やら看護婦さんやらがやってきて、いろいろと手術の準備/説明をしてくれる。もっとのんびりできるのかと思ったら、けっこう忙しい。
午後6時から執刀医の説明があるということなので、妻がやってくるがいっこうに説明が始まらない。どうやら医師が忙しくて時間が遅れているらしい。結局説明が始まったのは午後7時すぎ。
説明の内容は、手術の具体的な方法と危険性についてのもの。私が受ける手術は「鼻中隔矯正術・下鼻甲介切除術および内視鏡下鼻内汎副鼻腔根本術」だそうな。手術のすべての操作は鼻の穴から行うので、顔面に傷跡が残るようなことはない。説明用にもらったプリントから抜粋すると次のような手術になる。
まず、両鼻の真ん中にある鼻中隔軟骨を両側の粘膜から剥がし、メスやノミを用いて摘出します。…途中略… 次に、変形した軟骨をなるべく平らにし、また戻し、まっすぐに固定します。
ノミ! ノミを鼻の穴から入れてガッツン、ガッツンやられるっていうのはあんまり嬉しくないなぁ。全身麻酔だから平気なのかな。
さて、鼻がまっすぐになったら次が蓄膿症の手術だ。
内視鏡で鼻の奥の副鼻腔をモニターしながら、ポリープや炎症の強い粘膜を鉗子で削り取ります。
まぁ、ここまでは以前にも聞いていた話なので問題なし。問題なのは危険性の話。
医師「まれに脳と副鼻腔の間の骨がもろくなっていて破れてしまうことがあります。こうなると髄液がだぁーっと流れてきて、脳炎などに感染する可能性がでます。あと、目と副鼻腔の間の骨は紙様板と呼ばれるほど薄くできているので、これを突き破ってしまって、目の筋肉を傷つけてしまうことがあります。こうすると物が二重に見えるようになります。」
ちょっと待て、通院している間は「まぁ、よくある手術ですからね」みたいな気軽な感じだったのに、入院した途端にこの危機感あふれる話はなに? 横で聞いている妻の目が点になっている。鼻から髄液垂れ流して、物が二重に見えるようになったら、私はどうすりゃいいの?
とりあえず、医師の「私は同様の手術を何十例となく行ってきましたが、一度もこのような問題は起きていません」という言葉を信じて、4枚ほどの書類(承諾書)に署名・捺印した。まぁ、危険性の話は必要だし(説明してくれなかったら大問題)、失敗したときのことを考えていたら盲腸の手術だって受けられなくなってしまう。ある程度リスクがあるのは当然だからね。
説明を聞いた後、妻が帰宅し、こちらはベッドでごろごろ。すると看護士の方がやってきて、手術をする場所を間違えないようにマーキングするというので、してもらう。鼻の下に黒丸を2つ、ぐりぐりと書かれた。かなり格好悪いかも。
10時消灯でいつもより寝る時間がずいぶん早いのだが、疲れていることもあって、緊張することもなく熟睡。
11月5日
さて、手術当日。朝7時に起きてすぐに点滴。その後素っ裸になって、割烹着みたいな手術着を着る。今回初めて血栓予防用のストッキングというのをはかされた。エコノミー症候群の予防にも使われているものなのだそうだけど、けっこう締め付ける力が強い。
白いストッキングに手術着を身につけた私の姿を見て、妻が笑って記念写真を撮ろうかというが、もちろん断る。
8時半に看護婦さんにつれられて手術室へ移動。手術室の入り口で少し待たされたのだが、このとき座らされた椅子がすべて壁向きに置かれているのにちょっと驚く。患者に手術室で行われていることとか、そこを通る他の患者を見せないための配慮なのだと思うけど、目の前の壁を見ながら手術を待つというのはあまりいい気分じゃない。横に付き添いの看護婦さんがいてくれて、励ましてくれるのが救いかな。
名前を呼ばれて手術用ベッドに移動し、手術室へ。麻酔科の医師が待機していて、すぐに全身麻酔に入る。医師が「じゃあ、点滴から麻酔薬を入れますね。少しずつ眠くなりますから」と言った次の瞬間に目の前が暗転。「鈴木さん、鈴木さん」という呼び声を聞いて目を開けるとすべて終わっていた。感覚的には一瞬で終わってしまったが、妻に聞くと手術室から出てきたのが12時半だったというから正味4時間かかったことになる。
手術は順調で問題なし。右の粘膜が腫れていたので削除したとか。私は見ていないけど、妻は削除した粘膜やら取り出した膿を見せられたそうで、汚らしくて気持ちが悪かったと言ってたな。一応取り出した組織については病理学検査にまわしますとのこと。
病室に戻ってしばらくすると麻酔が切れて痛みが出てきた。鼻の真ん中あたりから痛みだし、上は頭痛、下は歯までが痛みだし、とてもがまんできない。なんというか、顔の骨の中にジャッキかなにかを入れて内側から割ろうとしているような痛みだ。手術後に鼻の中にガーゼを入れているので、これが内側から骨を圧迫しているらしい。もちろん、鼻で呼吸はできず、口を開けっ放しにして口呼吸しないといけない。
痛くて苦しくてたまらないので、ナースコールを入れて看護婦さんに痛み止めを頼む。すると驚くなかれ、
「鈴木さんはアレルギーがあるので、通常の痛み止めは使えないんですよねぇ。」
などと言うではないか! まさかこのままほっとく気か? びっくりしてうめき声をあげながらベッドに起き上がりかかる。目からは痛みで涙がこぼれているし。私の反応に驚いたのか、看護婦さんが「ちょっと先生に相談してきます」と言って病室から飛び出て行った。しばらくして、別の薬を使えることになったからと言って座薬を持ってきて入れてくれたので、ほっと一安心。1時間ほどで痛みがやわらいで眠ることができた。
5時頃には尿道に入れてあったカテーテルを抜き、歩いてトイレに行けるようになった。尿道からカテーテルを抜くのっていやなんだよね。大量のおしっこをむりやり引きずり出すような痛みがあって気持ちが悪いし、抜いた後にも痛みが残る。今回は二日間ほどおしっこをするときに痛みが残った。
痛みがあって苦しいものの、歩き回れるようになったし、6時に出た夕食は普通に完食できたので、それほど負担の大きな手術ではなかったんだろうな。まぁ、鼻の曲がりを直して、たまっていた膿を出しただけだし。
しかし、トイレに行って鏡を見てびっくり。鼻がパンパンに膨れ上がって普段の三倍くらいになっている。妻がムーミンみたいだと言っていたけれど、ほんとうにそんな感じ。しかも鼻の穴には綿球が入っていて、それを押さえるためのガーゼがテープで止められている。しかも手術のマーキングの黒丸まで鼻の下に残っているし、呼吸をするために口は半開きだし、かなり間抜けな状態。妻が記念写真を撮っておこうかと聞いてきたけど、当然拒否。
痛み止めは6時間たたないと次の投薬ができないと言われたのだが、5時間をすぎた頃から痛みがぶり返してくるので、6時間になるのを待ってすぐにナースコールを入れて再度痛み止めの座薬を入れた。結局鼻のガーゼが取れるまで、ずっと6時間おきに痛み止めを入れ続けることになる。ただ、痛み止めが効いている間はよく眠れるので、これが救いと言えば救いかな。手術は無事に終わったのだから、あとは体が回復するのを待つだけ。とにかく飯を食って、寝て、時間をやり過ごすことにする。
11月6日
朝の5時頃痛みで目が覚めたのだけど、口の中が声をだせないほど乾ききっていて驚いた。水を飲もうにも、鼻が完全にふさがっているため飲み下すことがなかなかできない。これにはまいった。この日から少しでも口の乾きを押さえるために常時マスクを着用するようにした。
午前中に医師の診察を受けたが、手術後の経過は順調であまり血も出ていないし、もちろん物が二重に見えたりもしない。
しかし、薬のおかげで痛みは感じないものの、顔から頭が重苦しいし、口でハァハァ息をしている状態では何もする気になれない。午後に妻と母が見舞いにきてくれたけど、ほとんど話らしい話もできなかった。ひたすら寝て過ごす。
11月7日
痛みもだいぶ少なくなってきたし、血もほとんど出なくなった。しかし、まだまだ痛み止めなしにはいられない。この日もひたすら眠って時間が過ぎるのを待つ。
診察の際に医師から「月曜日の午前中にガーゼを取りましょう」と言われる。早く月曜日が来てほしい。鼻で呼吸がしたい!
11月8日
ガーゼが取れるまであと1日、今日を越えれば鼻で呼吸ができるようになる。それだけを考えてひたすら時間が経つのを待つ。
午後に妻のお母さんと妹がお見舞いにきてくれたのだけど、挨拶くらいしかできなかった。申し訳ないが仕方がない。
11月9日
今日はガーゼが取れる日だ! 朝から診察を待っていると、看護婦さんが「診察時間に合わせて痛み止めを入れるようにしましょう」と言ってくる。鼻からガーゼを抜くのは痛いという話は以前から知っていたので、看護婦さんに「ガーゼを抜くのってそんなに痛いんですか?」と聞いてみると「痛いと思います」と同情するような顔で言うではないか。そんなに痛いのか? 不安に思いつつも診察の2時間前に座薬の痛み止めを入れ、いざ診察室へ。
「スプレーの麻酔をかけながら抜いていきますからね」という医師の言葉通り、シューッと鼻の穴に麻酔薬をかけては1枚ずつピンセットでガーゼを抜いていく。これがなんというか、頭の中というか、顔の奥というか、普段は存在を意識しないところからズルズルとガーゼがひっぱり出されていく。気持ちが悪いし、骨(たぶん)とこすれるところがすごく痛い。思わずうめいてしまう。出てきたガーゼは血だらけだ。
シューっとスプレー、「はい、抜きま〜す」ズルズルズル、痛い痛い、うぅ!「だいじょうぶですかぁ?」
と、これが延々と繰り返される。たしか、片側で8枚ガーゼが入っていたはず。ガーゼといってもリボン状のもので、けっこう硬そう。ピンセットでつまんでも乾いているときは垂れ下がったりしない。こんなものが一つの鼻の穴に8枚、両方で16枚も入っているのだからムーミンになるのも無理はない。そりゃ痛いよ。
左側の8枚を抜いたところで少し休憩、さらに右側の8枚を抜いたときにはもうぐったり。涙がでてるし。ここで「少し休みましょう」と言って、医師が診察の椅子を倒して寝かせてくれた。しばらく休んでから鼻を診てもらったところ、医師が「まだ血が出そうなので、ガーゼを少し戻しましょう」と言い出した。エッと思う間もなく、医師がピンセットにガーゼをつまんで鼻にズルズルと押し込み始めた。痛い痛い痛い! なにせこのガーゼ、幅が2cmくらい、長さが10cm以上あるんだよ。見せられたら、こんなもの絶対鼻の穴になんか入らないってみんな言うよ! でも入っちゃうんだよ、すごく痛いけど。
結局、左側に2枚、右側に3枚、新しいガーゼを入れて今日はおしまい。病室に戻ってベットに倒れ込んでしまった。鼻を中心に鈍痛がひどいし、少し熱も出ている。ただ、鼻に入っているガーゼの量が劇的に減ったので、かなり楽にはなった。完全ではないものの鼻で呼吸もできる。鼻は偉大だ!
11月10日
午前中の診察で、医師が昨日入れたガーゼをすべて取ってくれた。枚数が少なかったせいか、昨日ほど痛まなかったのでほんとうに助かった。綿球だけは入れられたけど、これも出血しなければ取っていいと言われたので、昼過ぎにははずしてしまった。
嗚呼、鼻でちゃんと呼吸ができる。なんて幸せ! ものを飲み込むのも苦にならない。すばらしい!
急に元気になったので病院地下の売店に行って、おやつと飲み物と雑誌を買ってきた。おやつを食べながら雑誌を読む、この幸せ! 痛みはまだ残っているものの、かなり楽になってきたので痛み止めを座薬から飲み薬に変えてもらった。もうだいじょうぶという感じ。
夕方、医師が病室で鼻を診て「問題ないので予定通り12日に退院でいいでしょう」と言ってくれた。やったね、あとちょっと。
一気に体の調子が上がってきたのはいいんだけど、ひとつだけ問題があって、夜眠れなくなってしまった。痛み止めを弱いものに変えたからだと思うのだが、消灯時間になってもまったく眠くならず、しかたなく2時間くらいベットでぼーっとしているはめになった。まぁ、痛かったり苦しかったりするよりずっとましなので気にしないことに。
11月11日
今日の診察は鼻の洗浄だと聞いていたので、まぁ鼻を洗うくらいなんてことないでしょ、と気楽な気分で診察室へ。ところがこれがけっこうたいへんだった。
金属製の細い管みたいなのを鼻の穴に入れて、手押しのポンプみたいな奴を使ってビーカーに入れた生理食塩水を流し込むんだけど、この金属の管が鼻の中にあたってけっこう痛い。医師が「水を入れるときにエーッと声を出してください』と言うので、「エーッ」と言うと水が鼻にガボガボと入ってくる。これが管の入っている穴と反対の穴からダボダボ流れ出してきて、その中にけっこう血の固まりがまざっている。一度、喉のほうにずるっと固まりが出てきたので吐き出したら、これも血だった。気持ち悪い。
で、水を入れるのが終わると、今度は金属製のストローを掃除機の先につけたようなので鼻の穴の中を吸い取っていくのだけど、これがすごく痛い。やっている間中うめきっぱなし。
病室に戻って、またもやぐったり。明日も午前中に洗浄をして、そのあと退院だとか。こんなことされて、元気に病院を出て行けるのかどうか心配になってしまう。ただ、体は順調に回復しているらしく、午後からは雑誌やら持ってきた本やらを読んで過ごした。
11月12日
さて、退院の日だ。今日は昨日と違って、鼻全体を洗うとかいうので、噴水みたいに鼻の先から水を入れるのでずいぶん楽だった。ただ、ストローみたいな奴で鼻の中を掃除するのは痛かったけど。とりあえず昨日のようにぐったりとはせずに済んだ。
退院後に飲む薬をもらい、お世話になった看護婦さんに挨拶をし、会計を済ませて、すべて終了。荷物を持って病院を出て、昼過ぎには家に帰ることができた。家に帰ったときは、ちょうど妻も息子もでかけて留守だったが、珀美がしっぽをちぎれんばかりに振って迎えてくれた。やっぱり家が一番だと実感。ほんと、入院なんてするもんじゃないよ。
総括
蓄膿症の手術なんてたいしたことないと思っていたけど、大間違い。鎖骨を骨折して入院したときより、ずっとたいへんだった。とにかく鼻にガーゼが入っている間の痛さ、苦しさは二度と経験したくない。鼻がなにかおかしいなぁと思ったら、できるだけ早く耳鼻科にかかることを強く勧める。私ももっと早く耳鼻科にかかっていれば、手術なんて受けずに済んだはず。
東京医科大学病院にかかるのは今回が初めてだったけど、とてもいい病院だと感じた。医師の腕の善し悪しはよくわからないけど、今のところはよかったと思っている。あと、医師、看護士、看護婦のすべてが、ほんとうに親切で明るくて、とても助けられた。ただの偶然かもしれないけど、医師も看護士も看護婦も皆すごく若い。ほとんどのスタッフが20代だと思う。年を取っている人でもせいぜい30代のはず。看護婦さんは皆20歳前後なんじゃないだろうか。若くて元気で明るいスタッフに囲まれていると、晴れやかな気分になってくる。痛くて苦しいときにそれほど落ち込まずに済んだのは、彼らの明るさのおかげだと思う。心から感謝している。
ただ、まぁこの若くて可愛らしい看護婦さんにおちんちんからカテーテルを抜かれたり、肛門を開いて座薬を突っ込まれたりするのはあれなんだが、しょうがないよね。病人だし。色気のある話から縁遠くなってずいぶんになるし、どうでもいいかそんなこと。
退院後の経過については、ぼちぼち書いていくつもりなので、今回はこれまで。
2009年11月17日火曜日
業務連絡・退院しました
書くのが遅くなりましたが、予定通り12日に退院し、13日から職場復帰しております。
ご心配をおかけした皆さん、どうもありがとうございました。まだ痛みが残っているし、当分の間通院しながら様子を見ていくことになりますが、元気です。
そのうち暇をみて、入院中の話を書こうと思います。とりあえず、今日は退院のご報告まで。
2009年11月4日水曜日
業務連絡・入院します
フランクフルトから帰国して、たまっていた仕事をバタバタと片付けていたら、あっというまに11月!
明日の4日から蓄膿症の手術のために東京医科大学病院に入院します。経過が順調なら12日には退院して、13日には社会復帰できるはず。
病院内ではPCも携帯も使えないので、入院中は音信不通になります。どうしても入院中に連絡を取りたい場合は、東京医科大学病院を襲撃するか、アスキー・メディアワークスのアスキーハイエンド書籍編集部に連絡してください。>関係者
では、退院する日までさようなら!
2009年9月14日月曜日
週末の記録
週末の記録をメモしておく
12日(土)
体調不良で一日寝込んでいた。なんか腸にガスがたまっているようで、腹が張って痛い。夜になってようやく復調。
13日(日)
なんとか体調が戻ったので、息子のカブスカウトからボーイスカウトへの上進会に妻と一緒に参加する。
カブスカウトに入隊してからもう3年もたったんだ。子供が成長するのは本当に早い。
ボーイスカウトの制服を着て私が子供の頃にたてたのと同じ三つの誓いをたてる息子の姿を見て、なんともいえない気分になる。
息子と37年前の自分の姿が重なる。人生なんて一瞬だ。
2009年8月19日水曜日
2009年夏休み総括
8月8日から16日まで夏休みを取っていたので、その間にやったことをまとめて書いておく。
■8日
ETC割引で東名高速が大渋滞すると言われていたので、午前3時半に起きて寝ぼけ眼の息子と珀美を車につっこんで、4時に調布の我が家を出発。
渋滞を避けられると思っていたのに3カ所で事故渋滞に巻き込まれて、結局5時間かかって静岡県掛川の両親宅に到着。東名が普通に流れていれば3時間ほどで着くのに。
疲れたので、この日の午後は昼寝をして過ごす。
■9日
磐田に新しくららぽーと磐田というショッピングセンターができたというので、さっそく行ってみる。ちょうどいいことに、TOHOシネマズが併設されているので「ハリー・ポッター 謎のプリンス」を観た。ハリー・ポッターは本もすべて読んだし、映画もすべて観ている。おもしろいんだけど、ちょっと暗いんだよなぁ。
映画のあとユニクロで買い物をして、沼津魚がし鮨で昼食。日本初の「流れ鮨」とかいうのがおもしろい。液晶画面から注文を出すと、品物が回転寿しのレールを流れて自分のテーブルまで届くようになっている。回転寿しのようにオーダー品以外のものが流れていることはない。普通の寿司屋と回転寿しの折衷案みたいな感じ。こうすることで、ロスがなくなるんだろうなぁ、たぶん。
実は沼津魚がし鮨のチェーン店が実家の近くにあって昔からよく行っていたけど、そこは普通の回転寿しなんだよね。沼津魚がし鮨はネタが新鮮でうまいのでお勧め。
■10日
高校生の甥っ子が東京から帰省してきたので、息子は大喜び。甥っ子も息子もどちらも一人っ子なので、この二人は兄弟みたいに仲がいい。
さっそく子供達をつれてボウリング場へ出かける。高校生の甥っ子はさすがで、ストライクを連発する。こちらはヘロヘロで、なんと小学生の息子にまで負けてビリッケツ。
ボウリングの後、子供達がカラオケを歌いたいと言い出したので、掛川駅前のカラオケ屋へ。2時間ほど歌って帰る。
■11日
明け方、地震に叩き起こされる(5時何分だったかな?)。最初の縦揺れで目が覚めて、あわてて横で寝ていた息子に多いかぶさったが、幸い家も壊れず、家族は全員無事。珀美がパニックになって鳴きながら部屋を駆け回ったが、妻が捕まえて抱いてやったらすぐにおとなしくなった。
地震が治まるや、家族全員が起きてきて、テレビを付けて情報収集。掛川は震度6弱か5強くらい。長年静岡県で暮らしていたので地震には慣れているのだが、これだけ大きな地震は初めてかも。
家の中は小物が倒れたくらいで何も壊れなかったが、水道が半日ほど断水してしまった。水道局の元が地震を感知して自動的に水道を止めたらしいのだけど、回復するまで半日っていうのは早かったのか遅かったのか、どっちなんだろう?
とりあえず被害はなかったので、夏休みの遊びは継続(笑)。つま恋のプールに行く予定だったのだが、断水でだめだったので、袋井の「和(やわらぎ)の湯」という温泉に遊びに行った。袋井は断水していなかったんだな。半日ゆっくり湯につかって、のんびり過ごした。
掛川の町中を走っていると、屋根の瓦が落ちてしまっている家が数件あった。我が家は運が良かったのかな。
夜のニュースで、牧ノ原サービスエリア近くの東名高速が崩落したことを知る。東京に帰れなくなるんじゃないかと心配だが、復旧を待つしかない。
■12日
天気がいいので、甥っ子と息子をつれて朝から御前崎の海水浴場へ。近くに浜岡原子力発電所があるのでちょっと心配だったけど、地震のあと原子炉は止まっているので、たぶんだいじょうぶ。
御前崎の海水浴場は、いつきてもそれなりに空いていて、きれいで、気持ちがいい。バナナボートとアクアスライダーという乗り物が新しく出ていたので、子供達をアクアスライダーに乗せてみる。これ、小型のサーフボートみたいなのにしがみついて水上バイクに引っ張り回されるという、とんでもないしろもの。途中で二人とも見事に放り出されていた。でも、すごくおもしろかったらしく、もう一回乗ると言い出して、再び放り出されていた(笑)。
昼ご飯は、海の家でラーメンと佐世保バーガー。佐世保バーガーうまい!
帰りに海鮮なぶら市場によって、メジマグロ一匹とサザエ、生シラス、ウニなどを買って帰る。静岡の魚はうまくて安くていいよなぁ。夕飯で堪能。
■13日
今日は先日地震で行けなかったつま恋のプールへ。流れるプールでさんざん遊び、ウォータースライダーを滑る。子供達は元気だ。大人はもうついていけません。日陰でお休み。
プールから上がって、ゴーカートをやってから家に帰った。
■14日
二日続けて海へプールへとがんばったので、今日はちょっとお休み。昼にひいきにしている掛川のうなぎ屋、うな助へ。やっぱり静岡のうなぎはうまい。肝焼き、肝吸いも堪能。
うなぎ屋の帰りに掛川城近くの駄菓子屋、すいのやへ。ここは何度もテレビなどで紹介されている有名な駄菓子屋さん。ここの静岡おでんがうまいんだよね。息子はここにくるのを何より楽しみにしている。山のような駄菓子をおばあちゃんに買ってもらい、氷を食べて大満足。
夕飯に家の近くの沼津魚がし鮨へ。驚いたことに、ここもららぽーと磐田のお店と同じ流れ鮨に変わっていた。腹いっぱい鮨を食って帰る。
明日東京へ帰る予定だったのだが、牧ノ原の崩落現場修復が明日15日の深夜24時までかかるとのこと。帰れないじゃん。しょうがないので予定を変更し、16日に帰ることにする。渋滞、だいじょうぶなのか?
■15日
遊べる日が一日増えたので、天竜川の石神の里へ川遊びに行く。ここには3年ほど前にキャンプに来ている。川がすごくきれいで、鮎が泳いでいるのが見える。でも、水が冷たいんだよね。子供達は大喜びで泳いでいたけど、大人は腰までつかるのがやっと。網で小魚や沢ガニをつかまえて遊んだり、サービスの鮎のつかみ取りをやったり、一日楽しんだ。
昼は家から持っていった材料でバーベキュー。ラムチョップがうまい。つかみ取りで子供達が捕まえた鮎の塩焼きもうまい。
家に帰って、夜、子供達とモノポリーをやる。息子が大勝、私がぼろ負け。
深夜24時に東名牧ノ原の崩落現場が開通したのをテレビで確認してから寝た。
■16日
今日は東京へ帰る日。早朝から出発すべきか、どうするか悩んだが、結局夕飯後に掛川を発つことにした。
昼は、これまたひいきにしている蕎麦屋、まさ吉へ。田舎そばともりそばの両方が楽しめる合盛りそばを食べる。ここはなかなかうまい。家に帰り、夜に備えて昼寝。
夕食をパレスホテル掛川の中華料理屋ですませ、夜9時に東京へ向けて出発。注目の牧ノ原崩落現場だけど、ライティングされたガードレールに大工の棟梁風の格好をした人が座って、じっと修復された崖下を見つめているのが印象的だった。修復作業の指揮をした人なのかなぁ。
ちょっとした渋滞はあったものの、東名は順調に流れていたので、午前1時前には家についた。寝ぼけている息子をベッドに放り込み、ビールを飲んで就寝。
地震というハプニングがあったものの、予定していた遊びは全部できたし、楽しい夏休みだった。さて、仕事仕事。
2009年8月2日日曜日
Webのコンテンツ販売は間違っている
いつも読んでいたプロのライターのブログの一部が有料化された。有料化すること自体は別に悪いことだとは思わない。ただ、やり方がどうにも悪い。
エントリをいつも通りに読んでいくと、記事の途中で突然「この記事は有料になったので、これこれのサイトにアクセスして料金を支払ったうえで続きをお読みください』みたいな文章が出てくる。
同じような手法をとっているWebマガジンが数多くあるので、それをまねたのだろうけど、間違っていると思う。
たとえば、スーパーに行ったとする。店員が「どうぞ」と言って食べ物をくれる。一口食べてみるとなかなかうまい。さて、ではもう一口と食べようとすると店員がその手をつかんでこう言うのだ。「無料なのは一口だけです。これ以上食べる場合は料金をいただきます。」
さて、あなたはどうするだろう? 料金を払う? 私だったら、食べ物を返し、怒って家に帰ってしまう。
スーパーでは決してこのようなことはしない。試食品はあるが、あれは量こそ少ないものの、すべて食べてしまえるものだ。客は小さいとはいえ、完結した満足感を味わうことができる。客に小さな満足感を与えたうえで、お金を出せばもっと大きな満足を得られますよ、と客を誘うのがスーパーの商売だ。
ところが、上記のブログのようなWebコンテンツの販売では、客は不満足な状態に突き落とされ、満足したければ金を出せと言われるわけだ。これじゃぁ、売れないよね。
私が唯一有料で購読しているメールマガジンがあるけど、これはやり方がうまかった。数年前から無料のメールマガジンを購読していたところ、この著者から無料のメールマガジンに加えて有料のメールマガジンを立ち上げたいというメールがきた。今メールマガジンに書いているもの意外にもネタはあるのだが、無料のメールマガジンにこれ以上時間を割くことは生活を考えるとできない。無料のメールマガジンはこれまで通り配信を続けるが、もっと多くの記事を読みたい方は有料のメールマガジンを申し込んでほしい、というものだった。
無料のメールマガジンはこれまで通りに配信されるので、読者=客はいっさい楽しみを奪われることはない。今までと同じ満足を得られる。さらにお金を払えば、もっと大きな満足が得られる訳だ。これなら少しも不愉快な気分になることはない。喜んでお金を払うことができる。
スーパーの食品販売だろうが、Webのコンテンツ販売だろうが、商売であることに何の変わりもない。いかに客に満足を与えるか、客が喜んでお金を払う状況をいかに作り出すかが勝負の分かれ目なのに、なぜWebでは客を不愉快にさせる販売方法がまかり通るのだろう。有料会員が増えないとよく聞くけど、こんな売り方をしていれば当たり前。実に不思議だ。
2009年7月24日金曜日
2009年7月23日木曜日
皆既日蝕
今日は日本で皆既日蝕が久しぶりに観察できる日ということで、南の島は大にぎわいらしい。
東京でも部分日蝕が観察できるというので、日蝕眼鏡なんぞを用意して子供と楽しみにしていた。
しかし、朝から雨が降っている。なんとか日蝕開始の10時ちょっと前までには雨がやんだけど、空全体どんより曇っていて太陽が見えない。
こりゃあだめだと半ばあきらめて、テレビの日蝕中継を見ながら、それでもときどき屋上に上がって空を眺めていた。
すると、なんとラッキーなことに、11時20分頃から雲が薄くなって太陽が顔をだしてくれた! 見えていたのは5分くらいだったが、太陽が大きく欠けているのがはっきりわかった。雲を通して見ていたので日蝕眼鏡を使うと真っ暗で何も見えず、しかたがないので裸眼で観察したけど、目にはあまりよくないんだろうなぁ。
短い時間ではあったが、日蝕を見ることができたことを子供と喜び合った。次は2012年の金環日蝕だな。
2009年7月21日火曜日
週末の覚え書き
土曜日は曇っていたので心配したけど、きれいに花火が見れてほんとうによかった。例年我が家では家の屋上でバーベキューをやりながら花火見物をしている。多摩川のほとりに住んでいる特権だな。
日曜日は息子と妻が半日試験で留守だったので、家で今作っている本のゲラを読んで過ごした。
月曜日は朝から家族三人で府中の大国魂神社へ。暗闇祭りには何度も行っているけど、すもも祭りというのは初めて。暗闇祭りほどではないけれど、にぎやかなお祭りだ。まずお参りをしてから、八咫烏のうちわと扇子を購入。境内で居合いの奉納演武(?)をやっていたが、やはり本物の日本刀は迫力がある。演武をやった一人が誤って手を切ってしまったのを見て、息子がびびっていた。
球投げやら射的をやって遊び、お好み焼き、チキンステーキ、ベビーカステラ、トルコアイス、ハッカパイプ、あんず飴、その他いろいろ飲んで食って、息子も大満足。
夕方家に帰って、留守番をしていた珀美を散歩に連れて行った。
その珀美だけど、数週間前に妻のアイデアで、知り合いにお願いして全身の毛をカットしてもらった。珀美はウェーブのかかった長い毛を持つ犬で、毛糸の塊みたいな姿が可愛かったので、カットを終えた姿にはちょっとショックを受けた。腰まで届く髪の毛がすてきだった女性が突然坊主頭になってしまったというか、なんというか。
写真をあげておくので、ご覧あれ。まぁ、見慣れれば十分可愛いけどね。
全身をカットした珀美
毛が短くなるとトイプードルの顔になるな
2009年7月11日土曜日
Shine A Light
ローリング・ストーンズのShine A LightのDVDがやっと出たので、さっそく買ってきた。TシャツつきのコレクターズBOX
もあったけど、私が買ったのは普及版。
昨年の夏のはじめ頃にローリング・ストーンズのコンサートの映画をマーティン・スコセッシが撮ったという話を聞いて、楽しみにしていた。
でも、ちっとも日本での公開の話がなくて、しかたなくサウンドトラックのCDを買って音だけ聞いてがまんしてたんだよね。
で、10月にフランクフルトブックフェアに行くJALの機内映画のリストにShine A Lightがあるのを発見! 大興奮して、行きの便で2回、帰りの便で3回見た。
日本に戻って待つことしばし、ようやく12月になって映画館でローリング・ストーンズを見れた。やっぱり迫力が違う。
映画の冒頭に出てくるクリントン元大統領の部分はいらないよなぁ。ミック・ジャガーはまだまだ元気で、見ていてうれしくなる。キース・リチャーズのギターがへろへろだとか、間違えてばかりいるとか、ろくに弾いてないとか、いろいろ言う人がいるけど、いいんだよそんなこと。キースはかっこよければいいの!
ミックは酒をやめて毎日走り込んで体を鍛えているらしいけど、キースとロニーはあいかわらず不摂生の限りを続けているようでとってもステキ。二人ともステージでタバコ吸いまくり、あげくに短くなったタバコをプッとばかりにステージに吐き捨てちゃう。飛んでったタバコが床にあたって火花ちらしてるし、だいじょうぶか?
曲の間に挟まる昔のインタビューもなかなか興味深い。チャーリー・ワッツがあんなに話しているのなんて、はじめて見た。いつもまじめな顔して、きっちりドラムを叩いている渋いおじさんて感じだからなぁ。案外皮肉屋なのかな。
ゲストもいろいろ出てくるけど、やっぱバディ・ガイがすごい。はったとミックを睨みつけながらチョーキングを決めて、歌いだす声の迫力のあること。「そうじゃねぇよ、こうやって歌うんだよ!」と言っているような感じ。60過ぎのミックが15・6のガキに見える。
クリスティーナ・アギレラって全然知らなかったんだけど、なかなか声にパンチがきいていてよい。ミックとのからみもいやらしいし、ちゃんと悲鳴もあげる(笑)。で、彼女のDVDを買ってみたんだけど、大失敗。趣味にあわない、だめだ。
メンバー紹介のあとで、キースがリードボーカルをとって2曲ほど歌うのがいいなぁ。特にコネクションを歌うときはロッキン・ロニーと楽しそうにギターを弾いている。曲の途中で二人のインタビューが入るけど、これもなかなか笑えていい。たしかに二人そろえば最強だよ。
DVDでは途中でインタビューが入って、コネクションがブツ切れになってしまっているけど、サウンドトラックのCDではちゃんと1曲通して聞ける。コネクションを通して聞きたい人はサントラのCD
を買うべし。
というわけでこのDVD、コンピュータの隅っこに画面を出して、朝から晩まで見続けている。最高!
では最後に、アップ、アッ〜プ!(笑)
2009年7月7日火曜日
2009年6月30日火曜日
ポリープ
昨年の暮れからどうも鼻の調子が悪い。
頭がいつも重く、鼻の奥から臭い鼻水がしみ出してくる。
耳鼻科の医者によると、なんでも鼻の奥にポリープができて副鼻腔の入り口を塞いでいるとか。点鼻薬を使っていたのだが、改善しない。
今日、医者から「このまま薬で直らないようなら、手術をする必要がある。一度大学病院へ行って検査してほしい」と言われた。
しょうがないので、来週大学病院へ行ってCTスキャンにかかることにする。
まだわからないけど、手術なんてやだなぁ。
2009年6月14日日曜日
三沢光晴死亡
三沢が死んだなんて信じられない。信じたくない。
タイガーのマスクを捨てた試合を会場で見たのはつい昨日のことみたいに思い出せる。
一瞬の沈黙のあと、怒濤のようにわき起こった三沢コールを私は一生忘れない。
鶴田から初めてフォールを奪った試合も会場で見ていた。彼はいつもほんとうに激しいプロレスをしていた。
でも、いつか年を取ったら、晩年の馬場さんのように“楽しいプロレス”を三沢もするようになるのかなぁ、なんて思っていたのに。
46才、若すぎる、早すぎる。
ほんとうに悲しい。
2009年5月31日日曜日
強い子のミロ
話を聞くと、珀美がテーブルの上に置いてあった麦芽飲料のミロの袋を食い破って、中身のほとんどを食ってしまったそうな。
顔から胸からミロでベタベタ、部屋中にミロの粉が飛び散ってすごい惨状だったとか。
一夜明けて、先ほど珀美を多摩川に散歩につれていったところ、色といい、形といい、艶といい、柔らかさといい、チョコレートクリームそっくりのうんちをした。
しばし見とれてしまった。ミロ、恐るべし。
珀美、暑いよ〜!



